クウェート密造酒事件
私は、80年代後半にクウェートに駐在していました。石油精製所の建設プロジェクトで日本の建設会社が受注した総工費5000億円ほどのプロジェクトです。
工期は確か6−7年でそのうちの1年半ほど私はプロジェクトのコーディネーターとしてミナアーマディというクウェートシティ(首都)から30分位南の砂漠で現地顧客と日本人派遣員とのコーディネートや営業の仕事をしていました。
ご存知の方も多いと思いますが、クウェートなどイスラム諸国の多くは禁酒国です。アルコールはご法度です。
しかし多くの外国からの日本人を含めた労働者のほとんどは、酒がない世界なんか考えられないところから来ています。
じゃあどうするか?
造るんです。
幸いにも我々日本人が住んでいるキャンプは砂漠のど真中、クウェートの警察も滅多にきません。
私も同僚からドブロクの製造方法を勉強し数ヵ月後にはいっぱしのドブロク製造のスペシャリストになっていました。製造方法は簡単です。果物(他、食べられるものなら何でも良いです)とジュース数十リッター、イースト菌そして圧力釜などの調理器具があればOK。
そんな砂漠のど真ん中で唯一の楽しみである酒を作る毎日を送っていた(もちろん仕事もしていました)ある日の朝、4時ごろキャンプの自分の部屋の外が騒がしい。
なんだろうと思って外にでてみるとキャンプ内の私の部屋の前に人だかりが。眠気マナコで近くの人に聞いてみると日本人のマネージャーの一人が自殺を図ったとのこと。
何でもある時、日本人も含めた全体プロジェクト会議が全て英語で進められていたため全くついていけず悲観して手首を切ったらしい。
さあ大変。
何が大変か?
確かに自殺を図った人を病院へ送らなければならない。送った。一命はとりとめるとのこと。
そして警察の事情聴取が始まりそう。
事情聴取?ヤバイ!
酒の製造場所を見られたら、酒のストックを見られたら。
即、製造のための道具をキャンプの奥のほうの倉庫に隠し、酒のストックは泣きながら廃棄。
一本のビン(750ml)を造るのに一時間かかるのに...苦労したのに...
また、その数ヶ月後今度はキャンプで火事。幸いボヤで終わったのですが、火事?ヤバイ、また警察が来る。
また同じく隠すことと廃棄。
こんな苦労をしながらも酒の製造をやめなかったです。
みんな酒が大好きなのです。
Overseas Trading Support Inc. All rights reserved.
|